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炎の料理人、周富徳さん死去!原因は?料理の鉄人で活躍!

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156-shutomitoku1中華料理の第一人者で

炎の料理人と呼ばれていた

周富徳さん(71)が

8日死去していたことが

明らかになりました。

周さんは「料理の鉄人」でブレイクし、

その後数々の番組に出演していました。

 

 

周さんは8日横浜市内の病院で、誤嚥(ごえん)性肺炎のため
亡くなりました。

葬儀は既に近親者で執り行ったそうです。
喪主は長男志鴻(しこう)さんでした。

周さんは横浜市出身ですが、ご両親は中国広東省出身で、
横浜の中華街で父親の姿をみて育ったそうです。

18歳で料理の道に進むために都内の中華料理店やホテルで修業後、
赤坂の「璃宮」の総料理長になりました。

その後、1993年「広東名菜 富徳」青山店のオーナーとして独立
しています。

 

周さんの名が世間に広まったのは1993年からフジテレビで放送された
『料理の鉄人』ではないでしょうか。

この番組はメイン視界が加賀丈史さんで、和食、中華、フレンチの鉄人が
それぞれ挑戦者と料理で競い合うという番組でした。

長期間の番組でしたので、鉄人は年数を経て交代していましたが、
有名なのは和の鉄人は道場六三郎さん、中華の鉄人は陳建一さん、
フレンチは酒井宏之さんではないでしょうか。

 

周さんはこの番組に、和の鉄人、道場六三郎さんの挑戦者として
出演しています。
道場さんとは2度対戦していますが、最初は道場さんが勝利しており、
2度目は周さんが勝利しました。
しかし、この勝利は、当時人気があった周さんへの配慮ともいわれています。

このシチュエーションはその後小説化され、出版されています。

 

周さんはその軽妙な話術や手際の良い調理法から、NHKの「きょうの料理」
などの講師を担当。

他にも、テレビ番組「浅草ヤング洋品店」や「たいほや」などに出演しています。

1994年にはNHKの紅白歌合戦にもゲスト出演しています。

1994年、周さんの半生を描いた「炎の料理人 周富徳」が漫画家され、
翌年95年にはkinki kidsの堂本光一さん主演でドラマ化されています。

 

また、著書には「周富徳の広東料理は野菜がうまい」や、
「すぐできるおいしい中華の家庭料理」などがあります。

 

周さんの訃報にネットでも、死を惜しむ声が多数聞こえてきています。

 

ところで周さんには同じく中華の料理人である弟さんがいますね。
周富輝さんですが、富輝さんのほうも有名ですよね。

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周さんが亡くなられたのは大変残念ですが、今後は
弟の富輝さんがお兄さんの分まで頑張って欲しいですね。

 

周富徳さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

 

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