小田和正新アルバム発売!オフコース時代!タモリと不仲!事故 | 速ネタどっとこむ

小田和正新アルバム発売!オフコース時代!タモリと不仲!事故

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170-odakazumasa1シンガーソングライターの

小田和正さんが

3年2か月ぶりに

オリジナルアルバムを発売する

そうです。

ファンにとっては待ちに待った一枚。

あの魅力的な声が聴けそうですね。

 

 

プロフィール

 

小田和正(おだ かずまさ)

生年月日 1947年9月20日
出身地 神奈川県横浜市金沢区
血液型 A型
身長 172㎝
出身校 東北大学工学部建築学科→早稲田大学大学院理工学研究科
趣味 ゴルフ、油絵

自身の所属事務所であるファー・イースト・クラブの代表取締役社長

 

横浜市金沢区の金沢文庫スズラン通りの小田薬局の次男として
生まれる。

兄が一人いて、現在は薬剤師となり小田薬局を継いでいる。

高校3年生のときの学園祭で後にオフコースのメンバーとなる
鈴木康博、地主道夫、須藤尊史の4人で演奏を披露している。

大学時代に音楽の道に進むか、建築の道に進むか迷い、
1969年に「ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト」に出場。
全国大会で2位になるが、1位になれなかったことで、音楽への
未練が残り、早稲田大学大学院へ進みます。

大学院に通ううちに音楽へ気持ちが傾き、音楽へ進むことを決める。
ちなみにその時の卒業論文は「建築との決別」だったが、指導教授に
「私的建築論」とタイトルを変更させられています。

 

後にオフコースとしてデビュー。

1989年オフコース解散後はソロとして活躍中。

 

オフコース時代

 

小田さんは小学3年生のときに、中学受験のために通っていた塾にいくのに
乗っていた京浜東北線の中で鈴木康博と運命の出会いをします。

鈴木さんとはその後中高一貫教育である聖光学院中学校から高等学校へ
進みます。ちなみに聖光学院は全国有数の進学校だそうです。
小田さんは頭が良かったんですね!

高校時代に鈴木さんらと組んで文化祭で演奏したことから
後のオフコースが生まれます。

1970年に『群衆の中で』でデビューします。

1972年、小田さん、鈴木さんのほかに、清水仁さん、大間ジローさん、
松尾一彦さんを加えた5人で新たなオフコースとして活動を始めます。

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売れない期間が数年間続きましたが1979年に「さよなら」の大ヒットで
一躍有名になります。

その後『Yes-No』『I LOVE YOU』『時に愛は』『YES YES YES』など
ヒット曲をとばします。

1982年にオリジナルメンバーだった鈴木康博さんが脱退。
これを機に解散なども考えたようですが、そのまま4人で音楽を続け、
1989年にオフコース解散となります。

その後小田さんはソロでの活動となります。

 

ソロ時代

 

小田さんのソロでの代表作といえば、1991年の月9ドラマ
『ラブストーリーは突然に』の主題歌の「ラブストーリーは突然に」ですよね。

小田さんやオフコースはあまり知らないけどこの曲は知ってるという方は
多いのではないでしょうか。

この曲はオフコース時代になしえなかった、オリコンシングルチャート1位を
獲得しています。

ただ、その後はこれといったヒット曲には恵まれず、オフコース時代の
曲をアレンジしたアルバムが数多く販売されます。
「自己ベスト」がその代表ですね。

しかし、現在ではオリジナル曲も注目を集めていて、小田さんの曲は
CMなどのタイアップ曲として使用されることが多いです。

『言葉にできない』などはCMとして使われてからヒットした曲ですよね。

 

タモリと不仲?

 

小田さんがタモリさんと不仲であるという噂があります。

小田さんはタモリさんが司会をしていた「笑っていいとも」の
ゲストとして出演したことがありますが、どうも気まずい雰囲気だったらしい
ですね。

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なぜ不仲説が流れているかというと、タモリさんがどうやら、
フォークソングは嫌いだみたいな発言をしたらしいです。

嫌いな理由は暗いから・・・。

しかも「オフコース」というグループ名まで出していたと
いいます。

これが小田さんの耳に入ったといいますから小田さんもいい気分は
しませんよね。

小田さんが「笑っていいとも」のテレフォンショッキングに出たのは
1984年だったそうですが、2人ともかなりぎこちなかったと
言われています。

ちなみにこの共演以来2人は会ってないそうです。

 

交通事故

 

小田さんは平成10年に交通事故に合い、九死に一生を得たといわれています。

事故は1998年7月22日午後9時10分ごろ起きたそうです。
東北自動車道下り線、栃木―鹿沼インター間で、小田さんが運転する
シルバーの「セルシオ」が雨でスリップして道路の左側ガードロープに激突。
その反動で一番右側の追い越し車線まで弾かれて停止したそうです。

小田さんは自身が主催するゴルフコンペに向かう途中だったといいます。

かなりの大事故だったらしく、小田さんはシートベルトをしていたにも
かかわらず、後部座席までとばされたそうです。

右肩はリアウインドゥに突っ込み、ガラスは粉砕!
小田さんは鎖骨や肋骨を3本折り、全治4週間の重傷だったそうです。

 

入院中、小田さんの元にはたくさんのファンからお見舞いの手紙が
届いたそうです。
その中には「生きていてくれてよかった」というものがあり、
小田さんはその言葉に、歌を評価されたわけでなく、自分が生きていたことを
喜んでくれているファンがいることに感動したといいます。

以来、小田さんはより一層ファンを大切にしているといいます。

現に小田さんのコンサートではファンに対するサービスがすごいです。
どこの席が当たっても小田さんがよくみえるように、長い花道を作り、
コンサートの間は花道を駆け回っています。

後ろの席でも小田さんの姿が良く見えるようにという小田さんの
ファンを大切にする気持ちです。

最近ではちょっと体力的にきつくなったのか、広い会場では
自転車でアリーナの通路を走りまわったりしています。

小田さんのようにファンひとりひとりに気を配っているアーティストは
そうそういないのでは?と思わされます。

 

新アルバム「小田日和」発売

 

小田さんは7月2日に約3年2ヶ月ぶりのオリジナルアルバムを
発売します。

「小田日和」というタイトルだそうです。

小田さん自身、このアルバムを「最後から2番目のアルバム」
と語っています。

小田さんは現在66歳。オリジナルアルバムを作成するのにも
かなり時間がかかっているといいます。

それは小田さんが音楽的にこだわって素晴らしい曲を作成しているから
でもあるとともに、やはり年齢による体力的なものもあるのではないでしょうか。

現在、オリジナル・アルバムでは史上最年長首位記録(63歳7カ月)を
保持しており、自ら記録を更新するのかも注目されています。

 

しかし、小田さんの声は相変わらず素晴らしいですし、今年は全国ツアーも
決まっています。

「最後から2番目」というのは本当に次が最後という意味ではなく、
「最後から2番目」という気持ちで臨んだ渾身のアルバムという意味なのだと
思います。

小田さんには今後もまだまだ素晴らしい歌声を聞かせて欲しいですし、
それがファンの望みでもあると思います。

小田さん、これからも頑張ってください!

 

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